令和のキャリアを考えるブログ

【転職支援】「転職先で活躍できるのか」という視点の大切さ(前編)

転職ブームとも言える昨今ですが、今回は、「転職先で活躍できて初めて転職成功である」という観点から、私の知り合いの男性(Y)の転職ストーリーを振り返ってみたいと思います。

 <目次>

 

1.転職まで

Yと私はMBA受験時に知り合いました。Yは日系の大手証券会社に入社し、入社時からM&A業務を担う会社内ではエリート的存在でした。学生時代はゴリゴリの体育会系で慣らし、会話の中で強気で自信家の発言が多く、弱気で慎重派の自分とは違うなぁと思ったものでした。

Yは社費で米国MBAを目指しており、着々とスコアメイクをしていましたが、ある日、会社側からMBAへの出願を待って欲しいと伝えられました。国内でのM&A案件が予想以上に増えており、貴重な戦力であるYに抜けられると困ること、同じ部署の先輩が2人立て続けに米国 MBAへ行っており、公平性の観点から多部署の社員にもチャンスを与えたいこと等が理由にようです。

せっかくのやる気の腰を折られたYは、この理由に納得できず会社に対する不信感を一気に強めます。会社に対して不満を打ち明けると、会社はMBA留学の代替として、Yに対して仕事が落ち着いた1年半後の管理職待遇での欧州赴任を打診されます。Yの現在の職位から1つ飛び越えた待遇でのオファーなので、相当出世コースに乗っていたのでしょう。MBAへ行かせてやれない会社側の温情もあったのかもしれません。しかし、不信があまりにも強かったYは会社を辞める決断をします。

 

2.転職活動

Yは、元々ポストMBAで志望していた外資系でのキャリアメイクを実現すべく、外資系証券会社に絞って転職活動をしました。ちょうど募集が最高潮の時期で、M&A人材へのニーズも厚かったので、Yは1社目ですんなり内定をもらいました。ただし、年収については、Yは外資系なのだから年収300万円〜400万円アップにはなるだろうと考えていたものの、現職でも相応の年収水準であり、+100万円での年収アップに留まる見込みでした。

これにはYも不満で、外資系に行くのだから何とか年収をあげたい、最低でも300万円上げて欲しいと強気で交渉しました。外資側としては、Yにマネージャー一歩手前のランクで入社してもらう前提でしたが、Yの希望年収を出すためにはいきなりマネージャーで採用するしかありません。外資系で働くのは初めて、グローバル経験もそれほどないYを最初からマネージャーで雇うことに不安もあったそうですが、ヘッドカウントノルマもあり、人材不足解消の圧力もかかっていたためやや異例ではありますがYの希望年収を受け入れ、マネージャー採用することとなりました。

実はオファーを受けた直後、Yが出張で私の留学先に来たこともあり、近況報告がてら事の顛末を聞きました。話の内容からYが現職に対して感情的になって転職を急いでいたことが感じられたため、「今の会社でせっかく評価されているのに、辞めるのは勿体無いのではないか」「厳しい外資系でいきなりのマネージャー採用は敷居が高いから、一旦は下のポジションで入ってはどうか」と話をしましたが、本人のマネージャーでの転職の意思は固いようでした。

 

3.転職後

それから2か月後、Yはマネージャー職で無事転職を果たしましたが、そもそも読み書き会話のほとんどが慣れない英語という状態の中、マネージャーのため重い営業ノルマとプロジェクトのチームリーダーを複数任され悪戦苦闘する結果となり、日系証券にいた時と求められるレベルが格段に異なることに気づきました。日系証券にいた時のような和気藹々とした雰囲気もなく、「自分のことは自分でやる」というプロフェッショナルでドライな環境にも馴染めず、2か月終了後に実質的な戦力外通告を受け、4か月目で退職しました。

Yは、前職の上司の猛烈な引き止めを半ば強引に振り切る形で退職していたことから、前職に復職を相談するわけには行かず、紆余曲折を経て(この辺は詳しく聞いてはいませんが)、現在は(Y曰く)以前いた会社よりもかなり格下の日系証券会社で働いているとのことでした。久し振りにあったYの表情から以前のような自信は消え失せ、どこか元気のない雰囲気でした。

 

4.終わりに

このキャリアストーリーを聞いて、私は色々と考えさせられました。次回は、この話を踏まえて私たちがキャリアをどう考えるべきかについて書いてみたいと思います。

 

※一連の話は、Yの承諾を得て、Y本人が特定されないよう実際の内容の大枠を変えない形でデフォルメして掲載しています。